猫を起こさないように
日: <span>2007年3月11日</span>
日: 2007年3月11日

少女保護特区(3)

 最後尾に接続された木製の有蓋車が、地鳴りと鉄の軋みをあげてホームへと滑り込む。耳障りなその残響も収まらぬうち、巨大な体躯に制服を歪曲させた三人の鉄道職員が異様な俊敏さで互いの位置を入れ替えながら駆けて来、太い鎖で厳重に封印された鉄扉にとりつく。一人が赤子の頭部ほどもある巨大な錠前へ鍵を差し込み、内部の仕掛けを利用してというよりはむしろ握力によってそれを回す。残った二人が制服の縫製を漲る筋肉で引き裂きながら、顔面を紅潮させて扉を横へ引く。露わになった肩口に血管が浮き、にじむ汗が爬虫類の質感を赤銅色の肌へ生じさせる。均衡が作り出す完全な静止を越えて、溝に浮いた赤錆をこそげ落としながら鉄扉がじりじりと滑り始める。わずかの隙間から、人間が身をよじるようにして続々と降りてくる。どこまでいっても男しかいない。その衣類は一様に暗い色調で、ちょうど台所に生息する例の昆虫が家具の隙間から出現したような錯覚を、嫌悪感と共に与える眺めである。ホームが鋼鉄の間仕切りで分けられ、それぞれから別々の出口へと階段が続いているのは、万一にも少女と男性が遭遇しないようにとの配慮からだ。当初は単に金網が引かれていたのだが、局所のみを金網の隙間へ通過させる者が続出し、微弱な電流を流す対策を施したところ、局所のみを金網に通過させる者が逆に増加するという陰惨な経緯があった。当局の、高度に政治的な判断を求められる決断だった。
 鉄扉が完全に開放されると、精神を崩壊した焦点の無い瞳でホームに蝟集する男たちが、意志というよりは眼前にある状況に促されて、幽鬼の如く空の車両へと吸い込まれていく。この有蓋車こそが、青少年育成特区の生み出した副産物のひとつ、男性専用車両である。異臭に耐えて一歩足を踏み入れれば、劇的な大気の変化は組成自体に及んでいるかのように感じられる。この世界に偏在する特殊な磁力を持つ場、その境界を踏み越えたときの悪寒や霊感を与える変容は、正に異界や結界の類である。入り口付近の床は光に四角く切り取られ、清掃の手間をはぶくためだろうか、干し草が敷き詰められているのが見える。その表面は黄から茶への階調で濡れ濡れと照っており、生理的嫌悪と直結する何らかの成分を大量に吸い取っているようだ。干し草に含まれた微生物とそれとの発酵現象に、なま暖かな白い湯気がゆらゆらと立ち上っている。明かりの届かぬ先は黒く塗りつぶされ、狭いはずの車内は広所恐怖を感じさせるほどの莫大な空間へと変じていた。かような劣悪の環境を、なぜ男たちは移動手段として甘受するのか。人として堅守すべき尊厳が藁の上へ臭気を伴って遺棄されるとしてさえ、少女警報の頻繁な公道に乗用車を走らせること、あるいはかちゆくことに比べれば、目的地へ到着するのに少なくとも命だけは伴うことができるからである。
 鉄と鉄が擦れる不快な軋みが獣の断末魔の如く響き、乗客たちの背後にがちり、と錠前の閉じる音がすると、窓の無い車内は完全な暗黒に包まれた。慣性の存在により、接続された電動客車が牽引を始めたのをかろうじて知ることができる。やがて、天井付近に人魂と形容したいような灯りが浮かぶ。その、不定期に明滅を繰り返しながら揺れる裸電球が唯一の光源であり、ぼんやりと浮かんではまた闇へと消える視界は、脳波への負の影響を心配させる。座席と呼べるものはかつての残骸がわずかに散見されるのみであり、家畜のように詰め込まれた男たちは苛立った様子で身体を前後へ揺すったり、足を踏みつけられては怒声を挙げたりしている。自立することを放棄し生存を疑わせる脱力で漂うものもいるが、倒れる心配だけはないほどの乗車率である。
 背後から強く押された一人が、肩越しに不快げな視線を投げる。その瞳孔がたちまち驚愕に収縮し、ひゅっと小さく息を呑むのが聞こえる。急なカーブにさしかかり、車両が大きく傾ぐ。裸電球が焦げるような音を立てて消えると、永遠のような漆黒が視界を満たした。流れる車内放送は、停電程度の不便をことさらに詫びる欺瞞には気づかぬふりである。古いスピーカと車掌の胴間声の相乗効果で音声は割れに割れており、「茂吉の猫、死ぬべし」という台詞を、構成する最小の音素群に分解してさらに濁点をつけ、日本語ノンネイティヴのする抑揚で読み上げたように聞こえた。再び焦げるような音を立てて、裸電球に光が戻る。少女の、床の間に置かれた由来の知れぬ日本人形のような無表情が、男の前にあった。特定の数字や単語が、日常をただ通過するだけの膨大な情報群から、ほとんど意味を伴った連続であるかのように浮き上がる錯覚が存在する。無意識の執着がその検索を可能にするのだが、このとき、物理的にも列車の走行音を圧するほど大きかったはずのない「少女だ」というつぶやきに呼応して、車内にみっしりと詰め込まれた男たちが、群衆を表現した低予算のCGを思わせる動きで一斉に振り返った。どの顔にも光源の影響による陰影とばかりは言えない恐怖と――何より、抑えきれぬ欲望がにじんでいる。立錐の余地など元より無かったはずの車内に、少女が背にする鉄扉を直径とした半円がたちまち形成された。
 青少年育成特区において、少女から与えられる死とは、有機体としての終焉に止まらない。人の死は情報を残すがゆえに、動物のそれとは一線を画す。だが、少女に殺された者はその聖別を奪われ、畜生道へと墜ちるのである。古代の記録抹殺刑、尊厳死の定義する状態を真逆にしたものが少女と関わった者のたどる末路なのだ。死亡届は受理されず、戸籍は焼却され、火葬の許可が得られぬ死体は川を流れ、山に白骨化する。我が社会において、その影響市民生活に甚大なれど、少女殺人は公的には存在しないというパラドクスである。人と人との関係性が命の喪失に際して生じることを仮定するならば、究極の社会性は殺人であり、究極の反社会性は自殺であると定義できよう。意識的にせよ、無意識的にせよ、行為にこめた意味のすべてを社会に無化された少女たちの多くは、自らの始末へ同じ手段を選ぶこととなった。もし同等の権利が与えられれば予はどうふるまったかを想像するとき、予の胸中をどよもす少女たちへの感情は同情に近い。しかしこれは、発信の源をたどれぬ行為は存在せず、よって法を度外視するならば救済に値しない人間は存在しないという、予の信念から見た一方的な感傷に過ぎぬこともわかる。実際、この災厄を得た者たちの親族は予の見方には全く同意せぬだろう。それどころか、具現化した精神上の疾患を見るが如き反応を予へ示すに違いないのである。理解へ到達することが不可能な人と人との関係というものは疑いなく存在し、そこへ妥協点を見いだすことが政治と言えるが、少女観察員という予の立場から試みることができる営為はそれとははるか遠い。そして、例え予に政治が可能であったとして、予はそれをすることを望みはしないだろう。無欠の予にうしろ暗さがあるとすればそれは、予の人生をどれほど延長しても政治には到らないという一点においてである。
 微温的な幻想の理解が消失し、世界に虚無と政治が現出するその瞬間を見ることのできる機会は決して多くない。不幸な若者が、少女を中心とする半円の内側へ押し出される。他の全員を救うための、集団によって選ばれた生け贄である。群衆の一人へ戻ろうと人垣へ突進するも、彼の力では身体ひとつ分の空間を圧倒的な人口密度の中へ作り出すことが適わない。たまらず跳ね返され、床に敷き詰められた藁へ顔面から倒れ込む。口腔内に侵入した汚物を唾と共に吐き出しながら顔を上げれば、発光して見えるほどに白い少女のふくらはぎがそびえており、それらは襞の折られた陣営へと続いていく。その内幕に漂う闇は、若者の周囲にある闇と全く同じものだったが、全く違うものだった。上半身を起こすと、ふくらみが持ち上げた上衣の隙間からのぞく、うおの腹のように湿った濃い白が見える。弱々しく立ち上がった若者の腰が引けているのは、群衆による打撃のせいばかりとはもはや言えなかった。整髪剤で固めた前髪のひと房が、汗のにじむ額へと落ちかかる。頬は痩け、顔に血色は無く、一見すると内向的な書生風だが、その実、戦争などの外的エクスキューズを得ると最も残忍に豹変しそうな容貌だ。若者は、恐怖と絶望と嫌悪と好奇と憧憬と欲情と諦観とが入り交じった、修辞上でのみ無責任に表現可能な表情を浮かべている。その内面には死と性の、嵐のような葛藤が渦巻いているのだ。取り囲む群衆は両手を振り上げ、足を踏みならし、車内はほとんどショウダウンの様相を呈し始める。長い睫毛を伏せ、少女が怯えたように後ずさりする。いまや車内の全員が少女の――あるいは若者の共犯者だった。背後から忍び寄る無数の手が、若者の背中を強く押す。彼は踏みとどまることもできた。しかしその瞬間を恐れると同時に強く望んでもいたため、一瞬、両足に力を込めるのが遅れる。男性の重みを預かり、少女は鉄扉へと押しつけられる。若者の意識は柔らかさと香りにくらんだ。逃れようと身をよじった少女の手の甲が、若者のセクスを撫でる。君は激しく勃起したな、と余人が指摘できるほど身を震わせた後、痛みにも似た放出をした、と表書きされている表情で若者は放出をした。刺激によってというよりはむしろ、自らの置かれた状況に放出したのである。それは分厚な生地越しにさえ、少女の手の甲へ粘液を残すほどの激しい放出だった。長い長い放出の後、若者は膝から床に崩れ落ちる。ハンカチを手の甲に当てながら少女が、駅員を呼んでください、と小さくつぶやくのと、鉄扉が少女の背後で開くのはほぼ同時だった。ホームにはすでに、制服姿の巨漢が阿吽の如く待ちかまえていた。
 近くを列車が通過する度に、ほとんど灯火管制のような深い、幅広の傘に覆われた電球が小刻みに揺れ、待つ者たちそれぞれの不安を象徴するかのように大気を光で攪拌した。やがて、耳障りなじゃりじゃりという音と共に黒電話の受話器が漫画的に跳ね上がる。目深にかぶった制帽のつばが落とす濃い影に視線を消失させられ、ほとんど非人間的に見える制服姿の巨漢が受話器を取り上げ、応答する。短いやりとりの後、通話口を片手で覆うと、申請が受理された旨を少女に伝えた。駅舎に入れられてからというもの、うつむいたまま組んだ両手の親指を見つめるばかりだった若者は、駅員の言葉に促されるように顔を上げる。その表情は、人間が平常に浮かべ得るものの中では笑顔にもっとも近かった。若者の視線の先には、少女が腰掛けている。きつく合わせた膝の上へ、身長ほどもある日本刀を横抱きにする少女の表情は、人間が平常に浮かべ得るものの中では笑顔にもっとも近かった。だが、両者の内面はその実、究極と究極の両端へ乖離しているのだった。少女は陣営の襞を揺らしつつ、日本刀を床に突いてことさらにゆっくり立ち上がると、駅員の方を向いてわずかにおとがいを上下させた。与えられたばかりの権利の行使を肯定したのである。少女の意図を確かに理解したはずの若者の表情は、依然として笑顔のままだった。しかし、彼の足はわずか数分の先に待ちかまえる自己存在の完全な消失を認識したことで、逃走の不可能な距離で腹を空かせた肉食獣と遭遇した草食獣と同じほどに萎えており、社会の規定する新しい人権の中でも最も新しい人権を少女に行使させるためのあらゆる助力を拒絶できない第三者、いまや法に強制された正義がお互いを双子のように似通わせている巨躯の駅員たちが、両脇から支えてやらねば立ち上がることもできないほどである。本能が萎えさせた両足から悟性が若者の大脳へ満ちるには、しかしさらにいくばくかの時間が必要だった。日本刀の柄に手をかける少女を見た若者は、体中の穴という穴から人体に可能なあらゆる粘度の液体を流しに流し、やがて水分を喪失して木乃伊のように収縮してしまう。一方、駅員たちは己れの幇助する権利の正しさへますます膨張肥大してゆき、いまや天井を突かんばかりだ。少女は悠然と日本刀を肩にかつぐと、そのまま重力が鞘を払うにまかせた。鞘の先端が床に触れるのと、刀身が爆発的に右から左へと薙がれるのはほぼ同時だった。その速度は、特定の自意識の持ち主ならば、”疾走”に”る”と送りがなをつけて「はしる」と読ませるほどだったろう。消えた刀身は、瞬間移動のように駅舎の壁に突き刺さった形で出現し、その威力を殺しきれずぶるぶると蠕動していた。このとき、まだ少女の技術は斬撃をあますところなく制御する精妙さには至っていなかったことがうかがえる。刀身の震えがおさまると、駅舎に完全な静寂が訪れる。しかし、それはほんの須臾の時間に過ぎなかった。駅員の上半身が背中の方向へ、ずるりと滑り落ちる。遅れて、切り離された若者の首が、頸動脈からの血流に押し上げられて天井近くまで上昇し、噴水の上に乗ったボールの如く、顔全体を赤く染めながらくるくると向きを変える。やがて血流は弱まり、首はけん玉の要領で頭頂から元の受け皿へと見事に着地した。もし切断された頭部にしばらく意識が残るのだとすれば、若者の視界には天井を歩み去る少女の後ろ姿が見えたに違いない。そして、少女の陣幕が重力の影響を全く受けないのを口惜しく感じたはずである。
 空にはすでに月があった。原色に近い黄色を、霞が覆うような月だ。見上げる少女の右手が、陣営の上から小刻みに太ももを叩いている。そこへ、茶色に塗装された清掃車が猛然と走り込んで来、後輪を激しく滑らせながら半回転すると、駅舎へ横付けになる。車体が停止する暇もあらばこそ、頭髪を紫に染めた妙齢の女性が両腕を組んだまま跳躍し、五輪選手もかくやという月面宙返りを見せて少女の傍らに着地する。その跳躍が、月を背景に横切る文字通りのものだったことは付け加えるまでもないだろう。昂ぶる感情によるものか、高ぶる年齢によるものか、鼻の頭にいっそう皺を寄せる動作から、彼女が視覚というよりはむしろ嗅覚によって敵を発見したことがわかる。大気へかすかに混じる血の匂いを嗅ぎとったのだ。獅子の如き威嚇の表情と、その猛烈な視線を涼しく受け流すと、少女は艶然たる微笑を返した。完璧に抑制されたその微笑の裏に、そのとき本当は少女が何を感じていたのかをうかがうことは、不可能だった。
 以上が、数少ない現場証言と一級の史料に当たって予が再現した、予の少女の――誰もが人生で一度は通るとは限らぬ――殺人の処女性を喪失した事件の全容である。

わたし、しちゃった!

最近は人間のふりをする技術がとても向上し、生きづらくないことが逆につらい小鳥猊下なわけであるが、第二関節まで人差し指を鼻の穴に埋めて口を半開きの貴様らに一つ断っておきたいことがある。それは更新が全く行われない事実が、更新を行うための作業を全くしていないのと同義であると勘違いしてもらっては困るということだ。齧歯類を思わせる黄色い前歯に食べ滓の付着している貴様らにもわかりやすいよう、例え話で私の労苦を伝え聞かせることにする。

あるところに趣味で素潜りをしている男がいる。男は人の寄りつかない、とある浜辺の沖合いに素晴らしい財宝が眠っていることを知っている。わずかずつその財宝を引き上げては好事家に開帳し、彼らの感嘆する表情を見るのを楽しんでいる。潜れば必ず財宝のある場所にいきつく、というわけではない。目測を誤って違う場所にたどりついたり、息が続かずに空手で戻ってきてしまうこともしばしばである。ところで、男は別に仕事を持っており、都会に住居を構えている。秘密の浜辺にたどりつくには、実のところ二時間ほども車を走らせなくてはならない。仕事への影響を考えれば、そう気軽に通える距離ではない。一度などは万難を排して浜辺にたどりついたが、海が時化てしまい潜れないということもあった。いっそ浜辺に住居を構えれば毎日素潜りができるとも考えるが、男が引き上げる財宝を喜ぶ好事家は決して多くはない。最近では、浅い場所にある財宝を取り尽くしてしまったようで、男はますます深く潜らなくてはならなくなった。どうやら深く潜れば潜るほど財宝の質は高まっていくらしく、いつか引き返し損ねるのではないかと頭のどこかで思いつつも、男はそのスリルを楽しんでいる。日の出から日没まで、浜辺で海面を見つめながら、集中力を高めている男の姿を見ることもしばしばである。それほどの大事業なのだ。財宝は引き上げた段階では長く塩にさらされているせいか、男の美意識からすれば到底見られたものではない。研磨し、補修をする必要がある。熱心な好事家のひとりは、引き上げたものをそのまま見せてくれと懇願するが、男は自分のこだわりを裏切ることを嫌っている。財宝かと思ったものが、実はガラクタだったということも少なくはない。はたして潜ることが好きなのか、財宝が好きなのか、好事家が喜ぶのが好きなのか、男にはわからなくなっている。しかし、そのどれかが欠ければ、自分はもう素潜りはしないだろうと男は思う。

なんかすごい、ふつうのブログっぽい文章だ。何が言いたいかというと、つまり、少女保護特区を更新したということだ。「人を殺した者が罰を与えられないならば、その精神はどのような終焉を迎えるのか」というドストエフスキー以来の命題に現代的な解答を与えるべく、小鳥猊下が四つ相撲で取り組む骨太の作品の続きである。半ば以上、本気だ。そろそろ作品内の状況を図画した萌え絵を贈呈しやすい展開になってきたように思う。好事家どもの対価に期待している。